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神戸地方裁判所 平成3年(ワ)1652号 判決 1994年10月18日

原告

亡尾上武夫訴訟承継人

尾上玲子

外五名

右原告六名訴訟代理人弁護士

古川彦二

被告

株式会社大一工業所

右代表者代表取締役

古賀正登

被告

古賀正登

右被告両名訴訟代理人弁護士

野村正義

藤田良昭

主文

一  被告らは、各自、原告尾上玲子に対し、金六二〇万六〇七四円及びうち金五六四万六〇七四円については平成三年一一月八日から、うち金五六万円については平成六年六月二八日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告松原美津子、同尾上泰造、同尾上昌男、同村上博子及び同尾上康久に対し、それぞれ各金一二三万九二一四円及びうち金一一二万九二一四円については平成三年一一月八日から、うち金一一万円については平成六年六月二八日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、各自、原告尾上玲子に対し、金二三一五万四八三八円及びうち金二一〇五万四八三八円については平成三年一一月八日から、うち金二一〇万円については平成六年六月二八日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告松原美津子、同尾上泰造、同尾上昌男、同村上博子及び同尾上康久に対し、それぞれ各金四六三万〇九六七円及びうち金四二一万〇九六七円については平成三年一一月八日から、うち金四二万円については平成六年六月二八日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、訴外亡尾上泰通(以下「亡泰通」という。)が、被告株式会社大一工業所(以下「被告会社」という。)において就労中、機械ベースにはさまれて死亡した(以下「本件事故」という。)ため、亡泰通の父承継前原告亡尾上武夫(以下「亡武夫」という。)の相続人らが、被告会社及び同会社の代表取締役である被告古賀正登(以下「被告古賀」という。)に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者ら

(一) 亡泰通は、平成元年三月三一日、本件事故により死亡した。

(二) そして、同人の実父であり唯一の相続人である亡武夫は、亡泰通の地位を相続して本件訴えを提起したが、平成五年一月一四日、死亡したため、亡武夫の妻である原告尾上玲子が二分の一の割合により、また、亡武夫の子である原告松原美津子、同尾上泰造、同尾上昌男、同村上博子及び同尾上康久が各五分の一の割合により、それぞれ亡武夫の地位を相続した。

(三) 被告会社は、兵庫県伊丹市森本七丁目五番地において本店及び工場を有し、溶接業等を営むものであり、また、被告古賀は、被告会社の代表取締役として、同社の業務一切を統括し、同社に就労する労働者を指揮監督するとともに、その安全管理にあたっていたものである。

2  亡泰通が従事していた業務等

亡泰通は、昭和六三年八月三〇日、被告会社に自動車運転手として雇傭された。

しかしながら、被告らは、亡泰通が法令により定められたアーク溶接業務及びクレーン操作業務を行う資格をいずれも有していないことを知りながら、同人を自動車運転業務のほか、アーク溶接業務及びクレーン操作業務に従事させた。

3  本件事故の発生

亡泰通は、平成元年三月三〇日、被告古賀の指示により(甲三七、三八、被告古賀本人)、被告会社の通称A棟(四棟あるうちの西から二番目の棟)工場内で機械ベース(長さ約2.9メートル、幅約2.3メートル、重量約二トンの鋼鉄製板)の溶接に従事していた。

そして、亡泰通は、同日、溶接を終えた機械ベース一枚を同工場内の溶断台に自ら支柱をして斜めに立て掛け、同ベースを右支柱に一点だけ溶接して(いわゆる「点付け」)仮置きし(以下、この機械ベースを「Aベース」という。)、翌三一日、同ベースと同様の機械ベースを溶接していたところ、業者がAベースを焼鈍(熱加工)のため引取りに来たので、右溶接中の機械ベース(以下、この機械ベースを「Bベース」という。)をAベースの向い側(東側)に支柱をもって立て掛け、Aベースをトラックに積み込む準備にかかった。

ところが、Aベースを支えていた右支柱がはずれたため、同ベースは、その直近にいた亡泰通の足をすくって同人を乗せたまま床上を西から東へ滑り、Bベースの底部に衝突した。その結果、Bベースが西側に倒れたため、亡泰通は、A及びBの二枚のベースの間に全身をはさまれ、同日午前九時四五分ころ、頭蓋骨骨折(脳挫創)、肺損傷により死亡した。

二  争点

1  本件事故の原因

2  被告らの安全配慮義務違反の有無

3  損害額、特に死亡による逸失利益の算定

4  過失相殺

三  争点についての当事者の主張

(原告らの主張)

1 本件事故の原因

本件事故の原因は、亡泰通が行ったAベースと支柱とを仮止めする溶接が不適切であったためである。

すなわち、亡泰通は、溶接については資格を有していない素人であり、しかも、被告らから機械ベースと支柱との溶接に関して何らの指導も指示も受けていなかったため、同ベースと支柱との仮止めについては、被告会社の他の従業員の作業を見よう見まねで覚えた点付け程度の溶接しかなし得なかった。そのため、同ベースが容易に支柱からはずれたのである。

2 被告らの安全配慮義務違反

(一) 被告会社は、大型で重量のある鋼鉄製品を業として取り扱うのであるから、それに従事する労働者には常に生命・身体に対する危険が内在している。

したがって、被告らには、労働契約上、その危険が労働者の上に顕在化しないようきめ細かい安全を配慮する義務又は高度の安全を保証する義務(いわゆる安全配慮義務)が要求される。

(二) しかるに、亡泰通が従事していたアーク溶接業務は、法令上一定の資格を有することを必要とする危険な業務であるから、被告らは、その資格を有しない者を従事させてはならず、仮に、無資格者や無経験者を右業務に従事させるのであれば、事前に十分な指導教育を行ったうえで同業務に従事させるべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、資格を有しない亡泰通に対して事前に同業務について十分な指導教育を行わずに、同人を同業務に従事させた。

(三) また、被告らは、機械ベースを立て掛けておく場合、何らかの事由で支柱がはずれれば、同ベースが床を滑る危険のあることは容易に予測できたのであるから、これを防止するため、同ベースを立て掛けておくためにもう少し広い場所を特定し、かつ、滑り止め設備を設けておくべきであるにもかかわらず、これを怠り、右立掛け場所を特定せず、滑り止め設備を設けることもなく、亡泰通をして、鉄板が敷かれた非常に滑り易い床に同ベースを立て掛けさせた。

(四) よって、被告らは、亡泰通に対する右安全配慮義務違反に基づき、同人に生じた損害を賠償する責任がある。

3 死亡による逸失利益

亡泰通の死亡による逸失利益の算定にあたっては、昭和六三年度賃金センサス・全労働者の年収額金四八〇万七〇〇〇円を基礎収入とすべきである。

4 過失相殺

(一) 被告らは、亡泰通がAベースの上に乗った旨主張するが、同人が同ベースの上に乗っているところを目撃した者はいない。また、本件事故当時、同ベースの溶接は完了していたため、同人が同ベースの上に乗って行わなければならない仕事はなかった。

仮に、同人が同ベースの上に乗ることがあったとしたら、同ベースをトラックに積み込むためにクレーンのクランプを同ベースに掛けるためであったと考えられる。しかしながら、クランプは、本件事故当時、同ベースの南端の方にあったため、同ベースをクレーンで吊って運搬するには、同ベースの中央に同クランプを掛ける必要があるから、同ベースの上に乗って同クランプを掛けるよりも前に、まず、クレーンを操作して同クランプを同ベースの中央に移動させなければならなかったところ、同クランプは、同事故当時、同ベースの南端から移動しておらずそのままの位置にあったうえ、その高さ自体、同ベースの上に乗らなくても、亡泰通が手を伸ばせば届く高さにあり、しかも、同ベースの上に乗ることが危険であることは容易に理解できることを考慮すれば、同人が同ベースの上に乗ったと推認するのは困難である。

また、亡泰通が同ベースに衝撃を与えた旨の被告らの主張は否認する。

(二) 亡泰通が常識的に見て極めて不十分な溶接で仮止めを行った旨の被告らの主張については、亡泰通は、溶接に関する資格を有しないうえ、被告らから溶接に関する指導教育を受けていなかったため、そもそも稚拙な溶接しかできず、どのような溶接がどの程度の強度を有するのかを知ることができなかったのである。

したがって、亡泰通は、被告らから適切な指導教育を受けていれば、支柱が容易にはずれるような不十分な溶接でAベースと支柱とを仮止めすることはなかったというべきである。

(三) それゆえ、亡泰通には、本件事故発生について過失があったとはいえない。

(被告らの主張)

1 本件事故の原因

亡泰通が行ったAベースと支柱とを仮止めする溶接が不適切であったことが、本件事故の原因の一つであることは認める。

しかしながら、右仮止めの溶接が不十分であったとしても、人が歩く程度の振動によって支柱が倒れることはなく、亡泰通がAベース上においてはさまれたという事故状況からすれば、同人が何らかの理由で同ベースの上に乗ったため、同ベースを支えていた支柱がはずれ、同ベースが床を滑った可能性が高いというべきである。

仮に、そうでないとしても、本件事故当時、同ベース付近には亡泰通しかいなかったのであるから、同人が何らかの行為により同ベースに衝撃を与えたため、同事故が発生したことは明らかである。

2 被告らの安全配慮義務違反

(一) 被告らが労働契約上一般的に安全配慮義務を負っていることは認めるが、本件事故は、前記1のとおり、仮止めの溶接が不十分であったにもかかわらず、亡泰通がAベースの上に乗ったために発生したのであるから、同事故は、亡泰通の自損行為というべきであって、被告らに責任はない。

(二) また、原告らは、被告らが、溶接の資格を有せず、被告らから十分な教育指導を受けていない亡泰通に溶接業務をさせたことが安全配慮義務に違反する旨主張する。

しかしながら、亡泰通は、重量約二トンのAベースを溶断台に斜めに立て掛けた際、同ベースと支柱とを点付けしただけにすぎなかったが、これは、同ベースの重量及び立て掛け方からして不十分な溶接であったことは明らかである。そして、同人が右のような不十分な溶接しかしなかったのは、同人の溶接技術が未熟であったためではなく、同人がその程度の溶接でも同ベースが倒れないものと誤った判断をしたためである。

したがって、本件事故は、亡泰通の右判断の誤りに起因しており、同人の溶接の資格の有無等とは関係のない原因によって発生したものであるから、被告らの右安全配慮義務違反と同事故発生との間には相当因果関係がないというべきである。

3 死亡による逸失利益

亡泰通の死亡による逸失利益の算定にあたっては、本件事故当時における同人の実収入額(事故前三か月の平均給与は月額金二二万六一六六円、昭和六三年一二月の特別給与は金五万円)を基礎収入とすべきである。

4 過失相殺

本件事故の発生について、亡泰通には、前記1及び2のとおり、Aベースの重量及び立て掛け方からして常識的に見ても極めて不十分な溶接で仮止めした過失及び同人が立て掛けてあった同ベースの上に乗ったか、又は何らかの理由で同ベースに衝撃を与えた過失があるから、同人の損害額の算定にあたっては、大幅な過失相殺がなされるべきである。

第三  争点に対する判断

一  本件事件の原因

1  前記争いのない事実等に証拠(甲一七、証人北井、同福永、同大下、被告古賀本人)を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 機械ベースと支柱を溶接して同ベースを支柱に立て掛けて仮置きする場合には、溶接の程度は本付けでなく仮止めで行うところ、Aベースの大きさ及び重量と亡泰通が同ベースを仮置きした場所には鉄板が敷かれており、同ベースが滑り易かったことからすれば、同ベースと支柱とを二ないし三センチメートルほど溶接したうえ、同ベースと床に敷かれた鉄板との接点も滑り止めのために溶接するのが本来適切な仮止め及び仮置きの方法であった。

(二) しかしながら、亡泰通は、Aベースを仮置きするに際し、同ベースと支柱とを一か所だけ四ないし六ミリメートル程度溶接した(いわゆる点付け)にすぎず、また、同ベースと床に敷かれた鉄板との接点については溶接しなかった。

(三) そして、右程度の仮止めでは、人が歩行する際に生ずる振動ではずれることはないものの、衝撃が加わった場合にははずれる危険があり、本件事故は、同人がAベースをトラックに納品する準備作業中に発生し、その当時、同事故現場付近には同人しかいなかった。

2  右認定各事実を総合して考えると、亡泰通が行ったAベースの仮置きの方法、特に同ベースと支柱とを仮止めする溶接が同ベースの大きさ及び重量等に照らして不適切であり、さらに、同人が同ベースに何らかの衝撃を与えたことが本件事故の原因であったと推認するのが相当である。

3  そこで、亡泰通がAベースの上に乗ったために本件事故が発生したとする被告らの主張について検討する。

(一) 被告らの右主張にそう証拠としては、前記甲一七号証(本件証人北井の司法警察員に対する供述調書)の記載部分、証人北井、同福永の各供述部分が存在する。

しかしながら、これらは、いずれもドンという音がしたのでその方向を見ると、滑っていくAベースの上に亡泰通が乗っていたという程度のことを述べるにすぎず、支柱がはずれた瞬間を目撃したものではないから、亡泰通が同ベースの上に乗ったために支柱がはずれたというのはあくまで北井や福永の推測であるというほかなく、あるいは、同ベースの支柱がはずれて同ベースが滑ってきたため、亡泰通がこれと同人の足が衝突するのを避けるために同ベースの上に乗ったという可能性も否定し難いのである。

(二) また、亡泰通は、同ベースをトラックに積み込むためにクレーンのクランプを同ベースに掛けようとして同ベースの上に乗った可能性も考え得るところ、証拠(甲一四、乙一、証人北井、同福永、同大下、弁論の全趣旨)によれば、同クランプは、本件事故当時、同ベースの南端の方にあったこと、そして、同ベースをクレーンで吊って運搬するには、同ベースの中央に同クランプを掛ける必要があるため、クレーンを操作して同クランプを同ベースの中央に移動させなければならなかったところ、同クランプは、同事故当時、同ベースの南端から移動しておらずそのままの位置にあったうえ、その高さ自体、亡泰通が手を伸ばせば同ベースの上に乗らなくても届く高さにあったことが認められ、右各事実に照らして考えれば、同人が同ベースに乗ったと認めるには至らない。

(三) よって、被告らの前記主張は、未だこれを肯認するに至らず、他にこれを裏付けるに足りる的確な証拠はない。

二  被告会社の安全配慮義務違反

1  被告会社の安全配慮義務

(一) 本件事故当時、被告会社と亡泰通の間に労働契約が締結されていたことは争いがない。

(二) そして、労働契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うのであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備若しくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労務者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当であり、使用者の右安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所など安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものである(最高裁昭和五九年四月一〇日第三小法廷判決・民集第三八巻第六号五五七頁参照)。

(三) そこで、これを本件についてみれば、被告会社は、亡泰通がアーク溶接の資格を有しないにもかかわらず、被告会社の通称A棟工場内において、同人をして、日頃、大型で重量のある機械ベース(長さ約2.9メートル、幅約2.3メートル、重量約二トンの鋼鉄製板)をアーク溶接する業務に従事させ、その過程で溶接の完了した同ベースを支柱にアーク溶接で仮止めして仮置きする等の作業を行わせていたのであるから、被告会社は、同人に対し、同ベースを支柱にアーク溶接で仮止めして仮置きする作業を行わせるにあたり、不十分なアーク溶接を行わないよう、アーク溶接の業務に関する安全のための特別教育を実施するべき義務(労働安全衛生法五九条三項、労働安全衛生規則三六条三号参照。)を負っていたというべきである。

(四) また、A棟の床はコンクリートが敷かれていたが、亡泰通がアーク溶接業務を行い、機械ベースを支柱にアーク溶接で仮止めして仮置きする等の作業を行っていた本件事故現場付近の床には鉄板が敷かれていたところ、同鉄板上に支柱をもって同ベースを立て掛けて仮置きする場合には、右支柱がはずれると、同ベースが鉄板上を滑る危険が生じ易いのであるから、被告会社は、鉄板が敷かれていない滑りにくいコンクリートの床部分を同ベースの仮置き場所として指定し、又は鉄板上に同ベースを仮置きするのであれば滑り止め設備を設け、若しくは鉄板と同ベースの接触面を溶接で仮止めするよう亡泰通を指導教育すべき義務を負っていたというべきである。

2  被告古賀の安全配慮義務

(一) 前記争いのない事実等に証拠(甲二、一九、三二、三四、三六、三九、四〇、四四、被告古賀本人)を総合すると、次の各事実が認められる。

(1) 被告古賀は、被告会社の代表取締役であり、同社の業務一切を統括し、同社に就労する労働者を指揮監督するとともに、その安全管理にあたっていた。

なお、被告会社の取締役として、訴外渡邊隆(被告古賀の妻の父)、同渡邊博子(被告古賀の妻の姉)、同古賀陽子(被告古賀の妻)が各選任されているが、同人らは被告会社の経理や事務等を担当するのみであり、被告会社工場内での作業の指揮監督等は、自らも同工場内で作業に従事する被告古賀が専ら行っていた。また、被告会社は、訴外松尾一夫を工場長に任命しているが、同人に労働者の安全管理についての権限を与えたことはなかった。

(2) 被告古賀は、亡泰通がアーク溶接の資格を有しないことを知りながら、同人に対し直接指示してアーク溶接作業等を行わせるとともに、自らも被告会社工場において従業員とともに材料の溶接等の作業に従事していた。

そして、被告古賀は、自らが床に敷かれた鉄板上に機械ベースを立て掛ける場合には、同ベースが鉄板上を滑らないようにするため、同ベースと鉄板の接触面を溶接して仮止めしていた。

(二) 右認定各事実によれば、被告古賀こそが、被告会社が亡泰通に対して負う安全配慮義務を最も適切に履行することが可能であったというべきであり、加えて、被告古賀の被告会社での地位及び権限と現場での指揮監督状況等からすれば、被告古賀は、単に被告会社の安全配慮義務を履行するにとどまらず、自らも亡泰通との間に特別な社会的接触の関係に入ったものとして、信義則上、亡泰通に対して被告会社と同一内容の安全配慮義務を負うと解するのが相当である。

3  被告らの安全配慮義務違反

(一)  証拠(甲三六ないし三八、四四、証人大下、被告古賀本人、弁論の全趣旨)によれば、被告らは、毎月一回の安全会議や毎日の朝礼において、事故防止のための提案、検討の場を設けていたが、具体的に亡泰通に対し、アーク溶接の業務に関する安全のための指導教育を行わず、特に、機械ベースを支柱に仮置きする際の同ベースと支柱との溶接の程度や床に敷かれた鉄板と同ベースとの接点を滑り止めのために溶接で仮止めするよう指導教育しなかったうえ、コンクリートの床部分を同ベースの仮置き場所として指定することもせず、滑り止め設備を設けることもしなかったことが認められる。

(二)  したがって、右認定各事実によれば、被告らは、いずれも亡泰通に対する前記安全配慮義務の履行を怠ったというべきである。

(三)  なお、被告らは、亡泰通は機械ベースの上に乗ったために本件事故が発生したのであるから、同事故は亡泰通の自損事故であり、被告らに責任はない旨主張するが、右主張が認められないことは前記一(本件事故の原因)で判示したとおりである。

また、被告らは、亡泰通が機械ベースの仮置きについて、不十分な溶接しかしなかったのは、同人の溶接技術が未熟であったためではなく、同人がその程度の溶接でも同ベースが倒れないものと誤った判断をしたためであり、したがって、本件事故は、亡泰通の右判断の誤りに起因しており、同人の溶接の資格の有無等とは関係のない原因によって発生したものであるから、被告らの右安全配慮義務違反と同事故発生との間には相当因果関係がない旨主張する。

しかしながら、前記認定説示にかかる事実関係によれば、亡泰通が溶接に関する資格を有し、被告らから適切な指導教育を受けていたならば、どのような溶接がどの程度の強度を有するかを理解でき、不十分な溶接で仮止めすることはなかったと推認するのが相当であるから、被告らの前記安全配慮義務違反と本件事故発生との間に相当因果関係を肯認すべきである。

そして、亡泰通の右溶接程度に関する判断の誤りについては、後記四のとおり、過失相殺の一事由としてこれを斟酌するのが相当である。

三  損害

1  死亡による逸失利益(請求額金三七二五万一八四六円)

金二三〇八万七三八四円

(一) まず、亡泰通の死亡による逸失利益を算定する際の基礎収入額について判断するに、証拠(甲二五、三六、三七、四四、乙二)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 亡泰通(昭和二〇年四月一九日生)の学歴、職歴と免許及び資格の取得内容等は、次のとおりである。

(学歴)

昭和三六年 三月 私立浪速工業高等学校電子工業科卒業

(職歴)

昭和三六年 四月 株式会社田村電機入社

同 三九年 三月 同社退社

同 四五年 九月 株式会社三洋クレジット阪神入社

同 五四年 九月 同社退社

同   年一〇月 高知市内において喫茶店を開業

同 五八年一〇月 同店閉業

同   年一一月 株式会社三益産業入社

同 六三年 四月 同社退社

同   年 八月 被告会社入社

(免許及び資格)

普通自動車運転免許、電子工事士免状、危険物取扱者免状二種四類

(2) 亡泰通は、被告会社入社時、時間給制(一時間につき金一〇〇〇円)で自動車運転手として雇傭されたが(ただし、実際には前記認定のとおり溶接等の業務も行っていた。)、被告会社から、食費手当てとして一日につき金二〇〇円の支給を受ける以外は、皆勤手当等の諸手当の支給を受けておらず、正社員と同様の待遇は受けていなかった。そして、亡泰通は、被告会社から、本件事故発生日の直近の三か月間(昭和六三年一二月二六日から平成元年三月二五日まで)に賃金合計金六七万八五〇〇円、食費手当て金一万四四〇〇円(七二日分)及び昭和六三年一二月一五日に特別給与金五万円(一〇八日分)の支給を受けた。

(二) ところで、一般に、死亡による逸失利益の算定は、当該労働者が死亡しなかったとすれば、就労可能な将来の期間全体について、長期的に見てどれだけの収入を得る蓋然性があるかという観点から考慮してこれを推認すべきものである。

そこで、これを本件についてみるに、前記認定にかかる亡泰通の学歴、職歴及び資格、被告会社での給与形態及びその給与額、亡泰通の年齢のほか、同人が被告会社に就職するまでに四度も転職していたこと等を考慮すれば、亡泰通が将来にわたって、原告ら主張の昭和六三年度賃金センサス・全労働者の年収額である金四八〇万七〇〇〇円程度の収入を得てこれを維持する蓋然性があるとするにはなお疑問が残るといわざるを得ず、右賃金センサスによるべきであるとする原告らの主張は採用し難い。

(三) したがって、右認定説示に基づくと、亡泰通の死亡による逸失利益の算定にあたっては、同人の本件事故前の実収入額を基礎とすべきところ、右年収額は、次の計算式のとおり、金二九七万九〇七五円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。

(678,500+14,400)÷90×365+50,000÷108×365=2,979,075

(四) そして、亡泰通は、死亡時満四三歳であって、本件事故により死亡しなければ、満六七歳まで就労可能であり、その間に右認定の年収額金二九七万九〇七五円を基礎として計算した収入を得られたと推認することができ、また、同人の生活費控除割合はこれを五割とみるのが相当であるから、これらを基礎として新ホフマン方式により中間利息を控除して右二四年間の逸失利益の現価額を求めると、次の計算式のおり金二三〇八万七三八四円となる。

2,979,075×(1−0.5)×15.4997=23,087,384

2  治療(処置)費

金四万五二八〇円

証拠(甲一三、弁論の全趣旨)によれば、亡泰通は、本件事故により荘司外科において治療(処置)を受け、その費用として金四万五二八〇円を要したことが認められる。

3  葬儀費用金一〇〇万〇〇〇円

証拠(甲一三、甲四七、弁論の全趣旨)によれば、本件事故と相当因果関係のある損害としての葬儀費用は、金一〇〇万円と認めるのが相当である。

4  死亡による亡泰通の慰謝料(請求額金一六〇〇万円)

金一五〇〇万〇〇〇円

前記認定の諸事情を総合考慮すると、亡泰通の死亡による慰謝料は、金一五〇〇万円と認めるのが相当である。

5  以上の損害額の小計

金三九一三万二六六四円

四  過失相殺

前記一(本件事故の原因)認定のとおり、Aベースの大きさ及び重量と同ベースを仮置きした床には鉄板が敷かれているために同ベースが滑り易いことを考慮すれば、同ベースとこれを支える支柱とをわずか一か所だけ四ないし六ミリメートル程度溶接しただけでは溶接の強度が不十分であるということは前記経歴、資格の亡泰通においても容易に理解できるものであるうえ、しかも、同人が何らかの衝撃を同ベースに加えたことも本件事故の一因と推認されることからすれば、同人には本件事故発生に寄与した過失があるというべきであり、同人の損害額の算定にあたっては、過失相殺としてその四割を減額するのが相当である。

なお、亡泰通が同ベースに乗ったために支柱がはずれた旨の被告らの主張は、前記一で判示したとおりこれを認めるに足りる的確な証拠がないから、採用できない。

以上によって過失相殺を行うと、亡泰通の損害額は、金二三四七万九五九八円となる。

五  損害の填補

金一二一八万七四五〇円

亡武夫は、本件損害の填補として、労災保険から合計金一一一四万二一七〇円、被告らから合計金一〇四万五二八〇円の各支払を受けたから、これを損害に填補すべきである(争いがない。)。

よって、前項の損害額から右金員を控除すると、損害額は、金一一二九万二一四八円となる。

六  原告らの相続

原告らの相続関係は、前記のとおり争いがないところ、その法定相続分に従って計算すると、原告尾上玲子は金五六四万六〇七四円、同松原美津子、同尾上泰造、同尾上昌男、同村上博子及び同尾上康久はそれぞれ金一一二万九二一四円の各損害賠償請求権を取得したというべきである。

七  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、原告尾上玲子につき金五六万円、その余の原告らにつき各金一一万円と認めるのが相当である。

第四  結論

以上によれば、原告らの本訴各請求は、被告ら各自に対し、原告尾上玲子において、金六二〇万六〇七四万円及びうち金五六四万六〇七四円については訴状送達の日の翌日であることが本件記録から明らかな平成三年一一月八日から、うち金五六万円については口頭弁論終結の日であることが本件記録から明らかな平成六年六月二八日から、支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、また、原告松原美津子、同尾上泰造、同尾上昌男、同村上博子及び同尾上康久において、それぞれ金一二三万九二一四円及びうち金一一二万九二一四円については右同様の平成三年一一月八日から、うち金一一万円については右同様の平成六年六月二八日から、支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由がある。

(裁判長裁判官横田勝年 裁判官安浪亮介 裁判官武田義德)

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